溶出試験f2計算をCMC Navigatorでやってみた ― 処方変更時の同等性評価を実践する
f2値とは何か・なぜ重要か
溶出プロファイルの類似性を単一の数値で表したのが類似性因子 f2 だ。計算式はシンプルで、参照製剤(R)と試験製剤(T)の各時点における溶出率の差を二乗平均して評価する。
f2 = 50 × log{ [1 + (1/n)Σ(Rt - Tt)²]^(-0.5) × 100 }
f2 が 50 以上であれば「プロファイルが類似している」と判断される。これは各時点での平均差が約 10% 以内に収まっている状態に対応する。逆に f2 が 50 を下回れば、溶出挙動が有意に異なることを意味し、追加の生物学的同等性試験が求められる可能性がある。
★ただし f2 ≥ 50 は FDA / EMA の一律基準であって、万国共通ではない。日本(PMDA)の後発医薬品 BE ガイドラインは標準製剤の溶出挙動別に閾値を 42 / 46 / 50 / 53 / 55 / 61 と細分化しており、比較する時点の決め方も違う。この違いは後述の Step 1.5 で扱う。
この指標が重要な理由は規制上の根拠にある。ICH Q6A(Section 3.3.2.1(a) および Decision Tree #7)は、即放性固形製剤において「溶出速度の変化がバイオアベイラビリティに有意な影響を与えると示された場合、許容できないバイオアベイラビリティを持つバッチを識別できる試験条件を設定すること」を求める。処方変更や製造工程の変更が溶出に影響するなら、その変更の前後で溶出プロファイルを比較し、同等性を証明しなければならない。
また ICH Q1A(R2) は、薬物製品の significant change(重大な変化)として「12 dosage units の溶出試験で受入基準に不適合」を明示している。溶出規格は申請規格の根幹であり、そこから逸脱するような処方変更は、f2 計算による事前の同等性確認なしには進められない。
どんな時にf2計算が必要か
f2 計算が求められる主な場面は 3 つだ。
処方変更が最も頻繁なケースだ。臨床試験用製剤から商業製剤への移行、または賦形剤の変更・配合比の修正が発生した場合、QbD の文脈では CTD 3.2.P.2.1(処方の開発の経緯)に変更前後のプロファイル比較を記載する。Q6A Decision Tree #7 が示す通り、バイオアベイラビリティへの影響が懸念される変更であれば f2 による同等性確認は必須になる。
スケールアップも同様だ。ラボスケールからパイロット、さらに商業スケールへ移行する際、造粒条件や打錠条件の変化が溶出挙動に影響することがある。ICH Q6A は「製造変数の変化が溶出に影響する場合、その変化を識別できる試験条件を採用する」ことを要求する。承認前のスケールアップであれば 3.2.P.2.5 に、承認後であれば SUPAC 等の変更管理フレームワークの下で f2 評価を行う。
参照製剤(先発品)との比較は後発品申請の文脈で日常的に発生する。複数の溶出媒体(pH 1.2・4.0・6.8)でのプロファイル比較が求められ、いずれの媒体でも f2 ≥ 50 を示すことが BE 免除申請の前提となる場合がある。
CMC Navigatorでの操作手順
CMC Navigator の Phase 2 ページ「溶出 f2 解析」にアクセスすることで、これらの計算をガイドライン準拠の形式で実行できる。以下に操作手順を示す。
Step 1. データ入力
参照製剤(R)と試験製剤(T)それぞれについて、測定時点と溶出率(%)を入力する。各製剤 12 ユニット以上 のデータが必要だ。Q6A の dissolution test は 12 剤形単位を基本とする。
Step 1.5. 管轄の選択 — ここが最も間違えやすい
Navigator は管轄(PMDA / FDA / EMA)を選ばせる。これは表示上の違いではなく、f2 をどの時点で比較するかという規制の形そのものが違うからだ。
| 管轄 | 比較時点の決まり方 |
|---|---|
| FDA / EMA | 下限と上限で縛る。最低 3 時点、かつ平均 85% を超えた時点以降は 1 時点まで(FDA 1997 §V.A / EMA App I §2) |
| PMDA(日本) | どの時点かを直接規定する。「最低 n 点」という規定は存在しない(後発医薬品 BE GL 付録1(2)) |
日本のガイドラインが規定しているのは具体的にこうだ。
- 標準製剤が 15〜30 分に平均 85% 以上溶出 → 15, 30, 45 分(3 点)
- 30 分以降〜規定試験時間内に 85%(徐放性製剤では 80%)以上溶出 → Ta/4, 2Ta/4, 3Ta/4, Ta(4 点。Ta = 標準製剤が約 85%(同 80%)となる時点)
- 規定試験時間内に 85%(同 80%)に達しない → 同上(4 点。Ta = 規定試験時間における標準製剤の平均溶出率の約 85%(同 80%)となる時点)
徐放性製剤の読み替え(85% → 80%)が本文に書かれているのは 2 と 3 で、1 には無い。
なぜ時点を規定するのかが Q&A(Q-60)に書かれている。「f2 の値は比較時点に依存する…溶出率の差が少ないところで比較点数を増やすと f2 の値が大きくなる。本ガイドラインでは、このような欠点を避ける目的で、比較時点を規定した」。つまり点を増やして f2 を稼ぐ操作を封じるための規定であり、FDA/EMA が「1 点まで」という上限で防いでいるのと目的は同じで手段が違う。
規定時刻に実測点が無い場合、Navigator は前後の測定点から線形補間して比較する(規定は「どの時点で比べるか」なので、測定していないから比べない、とはしない)。
Step 2. 前提条件チェック
データ入力後、Navigator が以下の前提条件を自動チェックする。
- 比較時点が管轄の規定を満たすか(FDA/EMA なら最低 3 点、PMDA なら付録1(2) の規定時点)
- 85% 到達前の時点で RSD が 20% 以下 か(初期時点)
- 後続時点で RSD が 10% 以下 か
RSD が基準を超えている場合、f2 の算出自体が不適切になる。Navigator はここで警告を表示し、結果の信頼性について注記する。
Step 3. f2の算出と溶出プロファイルの可視化
前提条件を満たしていれば、f2 値が自動計算される。同時に両製剤の溶出プロファイルが重ね描きされたグラフが生成される。
計算例には、Navigator の溶出解析ページを開いたときに最初から入っているサンプルデータをそのまま使う。読者が画面を開いて管轄を選び、実行ボタンを押せば同じ数字が出る。
| 時点(分) | 15 | 30 | 45 | 60 | 90 |
|---|---|---|---|---|---|
| R 平均(%) | 22.3 | 48.5 | 68.2 | 82.4 | 95.1 |
| T 平均(%) | 19.8 | 44.2 | 65.3 | 80.1 | 93.4 |
日本(PMDA)向けの申請を想定して、管轄に PMDA を選んだ場合を追ってみる。
① カテゴリ判定
標準製剤は 30 分時点で 48.5% だが、規定試験時間内(90 分)に 85% を超える。よって付録1(2) の規定②(30 分以降〜規定試験時間内に 85% 以上溶出)に当たる。閾値は f2 ≥ 42(③a に該当。PMDA は標準製剤の溶出挙動別に 42/46/50/53/55/61 と細分化されている)。
② Ta と規定時刻の算出
標準製剤が 85% に達する時刻 Ta を、60 分(82.4%)と 90 分(95.1%)から線形補間で求める。
Ta = 60 + 30 × (85 − 82.4)/(95.1 − 82.4) ≈ 66.14 分
比較時点は Ta/4, 2Ta/4, 3Ta/4, Ta = 16.54, 33.07, 49.61, 66.14 分の 4 点。測定時点そのものではないので、各時刻の溶出率を実測点から内挿する。
③ 比較時点での内挿と f2
| 規定時刻(分) | 16.54 | 33.07 | 49.61 | 66.14 |
|---|---|---|---|---|
| R(内挿) | 24.98 | 52.53 | 72.56 | 85.00 |
| T(内挿) | 22.30 | 48.52 | 69.85 | 82.82 |
| 差の二乗 | 7.21 | 16.11 | 7.38 | 4.74 |
Ta の定義から、R は Ta でちょうど 85.00% になる。差の二乗の和は 35.43、比較点は 4 点なので、
f2 = 50 × log10(100 / √(1 + 35.43/4)) = 50 × log10(100 / 3.0730) ≈ 75.16
f2 = 75.16 ≥ 42 を満たすので「類似」と判定される(f1 は 4.33)。
同じ測定データを FDA / EMA で通すと、別の数字になる
管轄の選択を変えるだけで、Navigator の出力はこう変わる。
| 指定 | f2 | 閾値 | 比較に使われた時点 |
|---|---|---|---|
| PMDA | 75.16 | 42 | 16.54, 33.07, 49.61, 66.14 分(付録1(2) の規定時刻・内挿値) |
| FDA / EMA | 75.83 | 50 | 15, 30, 45, 60, 90 分(測定した 5 点すべて) |
FDA / EMA は「85% 超過後は 1 点まで」の上限に触れていない(85% 超えは 90 分の 1 点だけ)ので、測定した 5 点がそのまま使われる。測ったデータは同じでも、比較に使う点が違うので f2 が違う。 これが Step 1.5 で述べた「規制の形そのものが違う」ということの中身だ。
★注意 — 採取時点の設計を誤ると、日本では判定できない
このサンプルデータは 15 分から測っているので、規定時刻の先頭 16.54 分が測定範囲に入り、4 点すべて内挿できる。しかしこれは常に成り立つわけではない。規定時刻は Ta から逆算されるので、Ta が小さいと先頭の Ta/4 が最初の測定点より手前に来てしまう。
たとえば同じ形の曲線がもっと速く溶けて Ta ≈ 47.8 分になり、かつ FDA/EMA でよくある 15/30/45/60 分の 4 点だけで測っていた場合、規定時刻の先頭は 11.94 分になり、測定範囲の外に出て内挿できない。Navigator はこう警告する。
後発BE GL 付録1(2) はこのカテゴリで f2 の比較時点を 4 点規定していますが、実際に用いたのは 3 点です。規定時刻の一部が測定範囲外で内挿できないため 3 点に減っています(規定時刻を含む測定スケジュールが必要です)。f2 の値は比較時点に依存する(差の小さい領域で点を増やすと大きくなる・Q&A Q-60)ため、規定と異なる点数で算出した f2 は GL の判定値と一致しません。
このとき画面には f2 = 73.56 と出るが、これは GL の判定値ではない。閾値 42 を上回っていても「PMDA で類似と判定された」とは言えない —— 規定を満たしていないので、そもそも判定が成立していない。
だから日本向けでは採取時点の設計順序が変わる。予試験で標準製剤の Ta を押さえ、そこから規定時刻(Ta/4 以降)を逆算して本試験の採取時点を決める。FDA/EMA のように「まず妥当な時点で測り、後から使う点を選ぶ」という順序では、日本の規定に届かないことがある。
結果の解釈・CTDへの記載方法
閾値を満たす f2 が得られた場合、処方変更前後の溶出挙動が同等であると言える。しかしこの数値をそのまま CTD に貼り付けるだけでは不十分だ。規制当局が確認したいのは「計算の過程と前提条件が準拠していること」であり、以下の要素をセットで記載する必要がある。とくに日本向けでは、比較時点をどう決めたかが記載の中心になる。
CTD 3.2.P.2.5(製造工程の開発の経緯)への記載例(PMDA・後発医薬品 BE GL):
試験製剤(変更後処方)と参照製剤(変更前処方)の溶出プロファイルを比較した。
試験条件: パドル法、50 rpm、pH 6.8 リン酸緩衝液、37℃、900 mL
各群 12 ユニットを用い、15・30・45・60・90分の時点で測定した。
前提条件の確認:
- 全時点で RSD ≤ 10%(最大 RSD: 7.8% at 15分)
比較時点の設定(付録1(2)②):
- 標準製剤は規定試験時間内(90分)に85%以上溶出したため、②に該当する
- 標準製剤が85%に達する時点 Ta = 66.14分(60分・90分の実測値から内挿)
- 比較時点は Ta/4, 2Ta/4, 3Ta/4, Ta = 16.54, 33.07, 49.61, 66.14分
- 各比較時点の平均溶出率は実測値から内挿により算出した
f2 = 75.16(本品の溶出挙動区分における基準 f2 ≥ 42 を満たす)
以上より、変更前後の溶出プロファイルは類似していると判断し、
追加のバイオアベイラビリティ試験は不要と考えた。
★FDA / EMA 向けならこの記載は変わる。比較時点の節は不要になり、代わりに「最低 3 時点を用いたこと」「85% 超過後に用いた時点は 1 時点であること」を書く(上のデータなら f2 = 75.83、基準は f2 ≥ 50)。同じ試験データでも、記載すべき根拠が管轄で違う。
f2 < 50 だった場合は追加の実験計画が必要になる。まず試験条件(媒体の pH、パドル速度)を再検討し、生理的条件に近い設定で再試験する。それでも非類似であれば、バイオアベイラビリティへの影響を評価するための in vivo 試験(BE 試験)の実施を検討しなければならない。
まとめ ― 溶出試験の同等性評価をNavigatorで効率化する
f2 計算は単純な数式だが、前提条件の確認(RSD・比較時点の決め方)と結果の文脈への落とし込みが重要だ。そして比較時点の決め方は管轄で違う —— FDA / EMA は「最低 3 点・85% 超過後は 1 点まで」と範囲で縛り、PMDA は付録1(2) が時点そのものを規定する。同じ測定データでも管轄が変われば f2 の値も閾値も変わる(上の例では PMDA が 75.16 / 閾値 42、FDA・EMA が 75.83 / 閾値 50)。ICH Q6A の Decision Tree #7 が示す通り、溶出試験の設計と受入基準の設定はバイオアベイラビリティとの関係性から逆算して行うものであり、f2 はその比較ツールに過ぎない。
CMC Navigator の Phase 2 では、この溶出 f2 解析のほかに以下の解析も実行できる。
- 含量均一性 — RSD と AV 値の算出、USP <905> 基準との照合
- 溶出プロファイルの多媒体比較 — pH 1.2・4.0・6.8 での一括計算
- in vitro/in vivo 相関(IVIVC)の初期評価
次の記事では、CMC Navigator の含量均一性解析ページを使い、3.2.P.2.1 への記載例を実データで作成する。
CMC Navigator で実際に試してみる
本記事で解説した溶出f2計算は、CMC Navigator Phase 2の溶出解析ページで実行できる。CSVデータを貼り付けるだけでf2値・f1値が自動計算され、CTD記載用の結果テキストも出力される。
👉 CMC Navigator — 溶出f2解析ページで試してみる
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更新履歴
2026-08-11: 計算例を全面的に差し替え(誤った f2 値の訂正・管轄の明示・再現可能なデータへの変更)
本記事の計算例に掲載していた f2 値が誤っていた。旧記事は独自のモックデータ(15/30/45/60 分の 4 点)を載せ、そこから f2 = 65.3 としていたが、そのデータ(差の二乗の和 35.64、比較点 4 点)から式どおりに計算すると 75.1 になる。65.3 を逆算すると差の二乗の和は 93.7 が必要で、掲載した表からは出てこない数字だった。
さらに、旧記事の計算式の表記 50 × log(1/√(1 + 35.64/4)) は本文冒頭の定義から ×100 が落ちており、そのまま計算すると 25.1 になる。記事内で 3 つの数字が互いに食い違っている状態だった。
| 項目 | 旧記載 | 現在 |
|---|---|---|
| 計算例のデータ | 独自モック(15/30/45/60 分) | Navigator の画面初期値(15/30/45/60/90 分) |
| 管轄 | 明示なし(実質 FDA / EMA) | PMDA を主とし、FDA / EMA を対比 |
| 計算例の f2 | 65.3 | 75.16(PMDA・閾値 42)/ 75.83(FDA・EMA・閾値 50) |
| CTD 記載例 | f2 = 65.3・FDA / EMA の枠組み | f2 = 75.16・付録1(2)② の比較時点設定を明記 |
| 計算式の表記 | 50 × log(1/√(1 + 35.64/4))(×100 が欠落) |
50 × log10(100 / √(1 + 35.43/4)) |
「類似」という判定そのものは、いずれの管轄でも変わらない。ただし読者が Navigator で再現すると記事と違う数字を見る状態だったため訂正する。
計算例のデータを独自モックから画面の初期値に変えたのは、読者がページを開いて管轄を選び実行するだけで記事と同じ数字を再現できるようにするため。旧記事のモックデータは実装のどこにも存在せず、再現する手段がなかった。
あわせて、比較時点の決め方が管轄で異なること(Step 1.5)を追記し、本文冒頭の「f2 ≥ 50」が FDA / EMA の一律基準であって PMDA では 42/46/50/53/55/61 に細分化されていることを明記した。
現在の数値は、記事と同じ入力を現行実装の API に通した出力そのものであり、tests/test_public_page_dissolution_f2.py が本記事の記載と実装の一致(および記事の入力が画面初期値と一致していること)を継続的に検証している。
参照: ICH Q6A Specifications (October 1999), ICH Q1A(R2) Stability Testing (February 2003), 後発医薬品の生物学的同等性試験ガイドライン 付録1(2)・Q&A Q-60